発達した文明を生きる私たちは「体験と言葉」のバランスが、果たして釣り合っているのだろうか。
映画「リトルフォレスト」や、劇場アニメが決定した「海獣の子供」の著者、五十嵐大介先生の作品。
あらゆる時代の「魔女」の物語。
作品情報
- 著者/五十嵐大介
- 掲載誌/月刊IKKI
- 既刊/全2巻(完結)
- 受賞/2004年文化庁メディア芸術祭優秀賞
あらすじ
この作品はオムニバス形式で描かれる。収録された4つのストーリーを結ぶキーワードは「魔女」。
- SPINDLE
かつてスモール・ウィッチと呼ばれた、恋に破れた少女。その少女は自らを辱めた全てに憎悪し「世界の秘密を知る魔女」となった。その復讐を胸に、思い出の地へ舞い戻る。時を同じくして、そこへもう1人「世界の秘密」を持つ魔女が現れる。 -
KUARUPU
開発の進む熱帯雨林の奥深くに住む女性呪術士。彼女は開発の反対運動をしていた恋人を殺され、癒しのために練り上げられた力を“呪い”へと使い始める。深い悲しみと怒りに「精霊の魔女」が覚醒する。 -
PETRA GENITALIX
北欧の山中に暮らす「大いなる魔女」と、その弟子である「小さな魔女」。ある時宇宙から飛来した、世界を改変してしまうほどの力を持った石“ペトラ・ゲニタリクス”。その石が魔女たちの運命に別れを告げる。 -
うたぬすびと
実感のない日々に嫌気がさした女子高生。ふと飛び乗った船で、不思議な目をした女性に出会う。彼女から特別な場所“うたをうたう島”を教わる。その島で得た奇跡が、新たな「魔女」を生みだす。
おすすめポイント
重ねた線が作り出す「世界」
この作品を語る上で、象徴的なのが「線」。
人物や建物、背景など緻密な描き込みで表現されている。枠線以外はフリーハンドで描かれ、画材はほぼ「ボールペン」だけ。そのこだわりに答えるように、描かれた絵の迫力は凄まじいの一言。
同じように線のこだわりで有名なのは、ミッフィーの作者であるディック・ブルーナ。あの震えたような線は、点を打つような感覚でゆっくりと筆を動かしていたそう。そのゆらぎがあるからこそ、瑞々しい生命力を感じられると。
アナログの不可逆性は、デジタルにはない気迫と緊迫感を線に与える。五十嵐大介先生が幾重に描いた線、ぜひじっくり見てほしい。
魔女たちが触れる「世界」
どの魔女も「世界」について語る。
哲学的で難しい表現もありますが、作品内のセリフには、私たちが日常で見落としがちな大切なことを示す。
目でとらえた事や知識だけでなく、体験を持って自らの糧とすること。言葉ではなく行いを見ること。時には立ち止まること。
情報が高度発達した今だからこそ、ハッと胸に突き刺さる言葉が、たくさん散りばめられている。
まとめ
幾重の線とストーリーが絡みあった、まさに世界を閉じ込めたような作品。全2巻ですが読み応えはすごい。
私は頭がこんがらがったり、気持ちの不安定さを感じた時にこの漫画を手に取る。読み終わると、いつも心が整理されたように感じる。
私のお気に入りはPETRA GENITALIX。大いなる魔女が弟子の小さな魔女に与える、一言一言がとても素晴らしい。
読んではいけないと言われた、大いなる魔女の蔵書。小さな魔女はそれをこっそり読んでいるのを見つかり叱られ?。
「どうして本を読んではいけないの?」
「あんたには経験が足りないからよ。“体験”と“言葉”は同じ量ずつないと、心のバランスがとれないのよ。引用:魔女 第2集 第3抄
「PETRA GENITALIX」より
アート的な漫画ながら、短編であること。そして、かなり読ませる漫画家さんなので、読む人は選ばない。あなたもぜひ胸に残る言葉を探してみてください。
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