実在した詠春拳の達人『イップ・マン』、彼の自伝的映画の第3作目。ハリウッドでもすっかり名の通っているドニー・イェンが主演。
あのマイク・タイソンが出演したり、同門同士の戦いなど⋯いかにもネタ切れ感を匂わせるワード。しかし観てみたら、なんとシリーズ最高の面白さ。
ただのアクション映画とは言わせない、ドニー・イェンの細やかな演技や感情表現。アクションとストーリー、どちらも素晴らしい作品。
作品情報
あらすじ
1959年。好景気に沸く香港は、その一方で、無法地帯になりつつあった。裏社会を牛耳る最凶の不動産王・フランクによる暴挙から町を守るため、静かな達人イップ・マンは立ち上がる。
だがそれは、自身の家族をも命の危険にさらすことを意味していた。さらには、武術“詠春拳”の正統をめぐって挑まれた死闘・・・。
果たしてイップは、人生において最も大切なものを見出し、守り、伝えることができるのか?
引用:公式サイト
作品のポイント
『イップ・マン』3部作の最高傑作
第1・2作目は史実を意識しているためか、アクションが少なめで、歴史ドキュメント的な『生真面目さ』があった。
しかし今作はエンタメ性が非常に高く、アクション好きも納得のボリュームとクオリティ。そしてバトルだけでなく、イップ・マンが1人の人間として感じている、苦悩や葛藤など感情の部分に光を当てている。
アクションでは詠春拳のポテンシャルを発揮させるため、今作では戦う相手も場所も、今までで最もバリエーションが豊富。
他流の中国拳法はもちろん、ムエタイにボクシングそして詠春拳。香港映画の定番である乱闘騒ぎや、狭い室内での立ち回り。詠春拳で用いられる長棍や八斬刀など、幅広い戦術が見られる
感情の部分では、武に走り続けたイップ・マンは『本当に大事なもの』が問われることに。変わっていく時代、少しずつ歳を重ねていく体。近づく終わりを前に、次の世代に何を残すことができるのか。
まさにシリーズの最後にふさわしい、イップ・マンの『武』と『心』の全て。過去2作を見てドニー・イェンをすごいと思っていたが、今作を見て改めて彼のスゴさを実感した。
資本主義に翻弄される『武術』
諸外国などの中継貿易により、大きな経済発展をする香港。その経済の力が大きくなる中で、昔からある『武術』によるコミュニティの力が、少しずつ衰退し始める。
統治する公務の外人たちは、賭博を黙認するかわりに賄賂を。さらに良い土地を買い占めるため、チンピラを使い強引に立ち退かせたり。そうやって集まった金が、外人たちの力をさらに大きくする。
それに気づいたイップ・マンは悪行を阻止しようとするが、ついに家族まで魔の手が。
高度成長期の混乱の中、無法がまかり通った時代。『金』なんて体温のないものに、踏みにじられる『武』。
多くの武術家たちが強さに憧れ、キラキラと魂を燃やした『武』の終着駅。そんな時代の変革期に立たされたイップ・マンの苦悩。
いくら練り上げられた武でも『個』である以上、金や権力を使った『圧倒的な暴力』に押しつぶされていく。
外人による迫害は香港映画のお決まりだが⋯それこそが香港という国を表すものでもあり、そんな苦境に歯を食いしばり戦う姿に、思わず拳を握ってしまう。
そんな悲哀がドニー・イェンの温和なビジュアルと演技が相まって、思わず胸に熱いものが込み上げてくる。
詠春拳が見せた『香港アクション』
全3作の中で間違いなく、多種多様なアクションを見られるのが今作。のちのブルース・リーである李小龍が出てきたり、イップ・マンがダンスを踊ったり。香港映画らしいアクションが盛りだくさん。そんな中でも、特に熱いバトルを3つご紹介。
対 ムエタイ
エレベーター内の超接戦線と、階段の高低差を使ったバトル。動きに制約がある狭い空間だが、カメラワークや立ち回りが工夫され、ダイナミックな映像と緊張感のあるバトルを展開する。
3人でギリギリのエレベーター内、イップ・マンは奥さんをかばいながら戦うことに。ムエタイ男が奥さんがいてもガンガン攻めてくるのを、イップ・マンが動きを封じこめつつ、エレベーター外へ追いやる。
その間、奥さんは叫び声も上げず、じっと我慢している。武術家の妻としての矜持なのか⋯思わず胸にグッとくる。
そしてバトルが、次への気持ちを準備する伏線になっているのが素晴らしい。
敵がすっとエレベーターに同乗する時の『静』の緊張感。ここで『プライベートにも危険が及ぶぞ』というのを、観客にもしっかりと感じさせる。そして爆発するように『動』の戦いへ。これから『激しい戦いが始まる』ことを伝えてくる。
ただ1つ気になったことが。ムエタイ使いなのに、どうしてエレベーターなんて狭い場所を選んだのだろうか。(主力であるミドルキック使えないよ⋯)
対 マイク・タイソン(近代ボクシング)
『タイソンも歳だし。オマケくらいでしょ?』と思いきや、まさかの1Rガチバトル。代名詞であるピーカブーからの突進は鳥肌モノ。
画面越しでもわかるタイソンの異常なプレッシャー。イップ・マンがパンチを避けるたび『ウッ!』ってなる。
タイソンはパンチもすごいんだけど、ディフェンスがすごい上手いので、詠春拳との応酬がハマっててすごい面白い。
しかしヘビー級の体躯が猛スピードで攻め込んでくるのは、悪夢以外の何物でもない。本作の公開当時で48歳⋯タイソンが現役時代に無敵だったのも納得する。
タイソンとのバトルはストーリーとの繋がりはいまいち。ただあまりにアクションが素晴らしく、その勢いに納得させられてしまった。
もう高画質で戦うタイソンが見れただけでも、十分すぎるほど価値あるシーン。
対 詠春拳
本作のキモである『継承』につながる重要なバトル。イップ・マンも歳を重ね、時代も変わっていく。
そして詠春拳に『次世代』の才能が現れる。
『正統』を主張する詠春拳の使い手〈チョン・ティンチ〉。若くエネルギーに溢れ、高い身体能力と優れた才能を持つ。
このマックス・チャンが演じるチョンが、ちょいワルでカッコいい。近寄りがたいトガった雰囲気と、パワーを前面に出した詠春拳。
イップ・マンとは対極のキャラクターがいることで、お互いをより際立たせてくれる。
『イップ・マン』シリーズのラストバトルは詠春拳 vs 詠春拳。『正統』をかけた戦いにふさわしく、詠春拳に伝わる長棍、八斬刀、そして徒手空拳の全てを競いあう。
まとめ
イップ・マンが生涯を賭した『詠春拳』、その彼がたどり着いた武術の答え。ラストシーンでのイップ・マンによる、いつもと変わらぬ木人樁の音⋯泣けてしまう。
アクション映画でこんなに切なく、穏やかな終わりは珍しい。シリーズ最大のアクションフルコースだけでなく、人間ドラマとしてもやりきった映画。
イップ・マンという人物がいかに生きて、そして何を残したのか。今作を見たら、ぜひ第1作目も見てほしい。
笑顔を絶やさなかったイップ・マン。彼が涙を流した意味が、きっとわかるはず。
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