平和を守るために向かった戦場という悪夢。無事に帰還したアメリカで待っていたのは、自分の知らない世界だった。
公式戦果160人、非公式は255人という米軍史上最多記録を持つ、伝説のスナイパー「クリス・カイル」を半生を描く。
あたかもヒーローの輝かしい戦歴を見せそうなコピーだが⋯この作品は単なる英雄譚でなく、戦争の『後』に関わる人たちの、深い悲しみの物語。
アフガン・イラク戦争を批判しているクリントン・イーストウッドらしい強いメッセージ性のある作品。重いテーマではあるが、伝えるべき戦争の真実を描いた傑作。
作品情報
- 公開/2015年1月16日
- 製作国/アメリカ合衆国
- 監督/クリント・イーストウッド
- 出演者/ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー
あらすじ
米軍史上最多、160人を狙撃したひとりの優しい父親。観る者の心を撃ち抜く、衝撃の実話。 国を愛し、家族を愛し、戦場を愛した男――。描かれるのは伝説のスナイパー、クリス・カイルの半生。
作品のポイント
「アメリカン・スナイパー」が特別なワケ
戦争映画で名作と呼ばれるものはたくさんある。ハートロッカーやフルメタルジャケット、プライベート・ライアン⋯あげ出せばキリがない。
そんな作品たちに並ぶように、アメリカン・スナイパーは高い評価を受けた。
それは「普通の人が兵士になり、どう生きていくか」という国家ではなく、個人から見た戦争の功罪を描いているからだろう。
戦場による心の傷跡や、家族とのわだかまり。表舞台には出てこないアメリカが抱える問題であり、兵士たちの等身大の苦しみ。
クリス・カイルという実在の人物を描きながら、戦争が生み出す影を風刺した作品。
日常の先にある「戦争」
主人公であるクリス・カイルは、テキサス州でカウボーイとして生計を立てていた。
しかしアメリカで起きた911を目にしたことで、愛国心より軍に志願する。軍学校からのキャリア組や、家族が軍属というわけでもなく、志願兵という一般的なスタート。
日本でも東日本大震災の時、東北の光景を目にした世界中の人たちが募金やボランティア、他にも自衛隊への志願も増加など。有事に「何かしたい」という気持ちは、人間にとってごく自然なもの。
ただ軍を保有するアメリカでは、選択肢の中に「戦争」という世界が地続いている。
もし普通に生きてきた人物が戦場に足を踏み入れたら?というif。クリス・カイルを通して、視聴者は戦場と兵士の日常を見ることになる。
才能が呪いに変わる
ごく普通のスタートをしたクリス・カイル。そんな彼には1つだけ、特別な才能があった。それが『狙撃』。
小さなころからよく父親と狩りに出かけ「お前には狩猟の才能がある」と言われていた。しかし平和な世界では、その才能は陽の目を見ることもなかった。
だか期せずして『戦場』というフィールドで、その才能は大きく花開くことになる。その結果が公式戦果160人、非公式255人という米軍史上最多の記録。
その数はそれ以上の仲間を救ったということでもあった。それにより周りからは『伝説』と、救った兵士からは賞賛が。
しかし彼はそんな声に喜ぶでもなく、愛想笑いのような曖昧な表情をする。
彼の射撃は誰かの救いになっても、皮肉にも彼自身を救ってはくれない。その才能が戦場で輝けば輝くほど、彼をより戦地へと引きずり込んでいく。
その類まれなる才能が、いつしか彼を戦場に縛りつける呪いになっていた。
帰還した兵士たちが待つ現実
平和のためと戦場に向かう兵士たち。私たちも多くの映画で、そんな光景を目にしたことがあるだろう。
主人公たちは戦地での激戦の末に、何かしらの結末を迎え、普通はそこで話は終わる。通常、戦争映画は何度も戦場へ行くことはない。
しかし、この作品の主人公であるクリスは計4回、戦場へ駆り出されている。一時は平和な国へ帰れても、また過酷な戦地へ。
戦場での命の危機や、殺傷の経験などによる罪の意識⋯繰り返される極限状態に、少しずつ心を蝕まれていく。そして、心の爪痕は帰還後の生活にまで影響をおよぼす。
バックミラーに映る車、ドリルの音、犬の吠える声。ささいなことでさえ、戦場の緊張感が呼び起こされる。その異常行動に加えて、派遣での長期不在による家族との折り合いの悪さ。
平和のために戦っていたクリスは、その平和な世界に疎外感を感じ、強い孤独を覚えるようになる。
帰還兵の多くは戦場で心に残った傷により、日常生活への復帰に苦心する。PTSDがひどい場合には、酒やドラックへの依存、さらには自ら命を絶つなど。
描かれることの少ない「戦争後の生活」。それは勲章に彩られた輝かしいものとは違い、重く悲しみに満ちていた。
まとめ
通常エンターテイメントでは、ヒーロー以外の人生にフォーカスされることはない。あくまで物語を構成するための要素の1つでしかない。
しかし現実には英雄という光の影に、たくさんの傷ついた兵士たちがいる。彼らにも人生があり、戦いの後も生きていかなくてはならない。
ヒロイズムが覆い隠した、終わることのない兵士たちの現実。それがあのラストシーンにつながるかと思うと、あまりにも悲しく救いがなさすぎる。
観終わった後に残ったやるせなさこそが、この作品が伝えたかったものなのかもしれない。
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